山手234番館


横浜市中区にある山手西洋館の一つ。元町公園の付属施設として管理されている。

以前紹介した外交官の家・ブラフ18番館などもその一つ。

近くにはエリスマン邸や山手111番館、山手89-6番館もある。

1927年(昭和2年)に外国人向けの共同住宅として建設、関東大震災の際に横浜を離れた外国人に戻ってきてもらうためう、復興事業の一環として建設された。

設計者は朝香吉蔵。

建設時は4つの同じ建築が玄関ポーチを挟んだ二重に重なる構成を持つ洋風な建築で簡素ながら煙突やインテリアなども施されていた。

第二次世界大戦後、アメリカに接収されたりもしつつ、アパートメントとして使用されていたものを平静になって横浜市が買い取り、歴史的景観の保全のために取得、改修工事を行った。

現在では1階に山手地区のパネル。2階に展示スペースを設けているほか、会議スペースとして貸し出しも行っている。

建築から80年以上経過しているが今なお持って人々に愛されている建築の一つでもある。

ハロウィンやクリスマスなどの時期にはイベントを行い、多くの見物客が訪れる。

現在では住居であった時の面影はなくなっているが、近くにある洋菓子店の「えの木てい」や、元町公園などがあるので散策に最適である。

氷川丸


横浜市山下公園内、横浜港にある日本郵便の船。

日本郵船が1930年に竣工させた12,000t級の貨客船。1960年まで北太平洋航路で使用され、現在では博物館船として使用されている。

先の太平洋戦争で沈没を真逃れた数少ない貨客船で、アメリカやカナダとの貨客船競争の一環として日本郵船が政府の援助を受けて建造した6隻のうちの1隻。

名称は埼玉県大宮にある氷川神社に由来するもので、現在でも船内には神棚が置かれている。

接客設備とサービスの優秀さが売りで、アール・デコ様式を使用した船内と、一流のシェフの料理が定評を集めた。

多くの著名人を乗せたことでも有名。

1932年にチャールズ・チャップリン、1937年に秩父宮夫妻など、シアトル・日本両国において親しみ深い存在になっていた。

しかし、太平洋戦争目前、シアトル行きの航路が閉鎖され、太平洋戦争が始まると病院船として白く色を塗られ、装飾を施されたのち、「白鳥」の愛称で兵士に親しまれました。

この戦争で多くの姉妹船が沈没する中生還を果たし、終戦まで沈没を真のがれた数少ない事例の1隻となった。

戦後は老朽化と航空路発達に伴う運航の終了まで、北太平洋を238回横断した。

そののち横浜港に来た本船は結婚式やビアガーデンなどのイベントを行う場所として解放されたが売り上げが伸びず、現在の博物館という姿に落ち着いている。

詳細は以下を参照の事

氷川丸 – Wikipedia

日本郵船歴史博物館・日本郵船氷川丸

 

日産エンジン博物館


2004年に開館した、横浜市神奈川区にある日産自動車が運営している自動車の博物館。

日産自動車横浜工場の構内ゲストホールにあり、日産のエンジン28台を展示、エンジンとそれを搭載している車を展示している。

この建物自体は1934年に建てられ1968年に銀座に本社が出来るまでは本社として使用されていた。現在でも登記上は本社ということになっている。

建築史的に市内唯一の戦前期の工場事務所ビルとして貴重で、かつ日本の自動車量産工場発祥の地であるため、横浜市内で歴史的建造物の認定も受けている。

博物館内にはこの工場が操業を開始した1935年に作られた7型のエンジンをはじめとする価値のあるエンジンの展示がされている。

展示は年に2回入れ替えを行っており、車好きにはたまらない展示になっている。

最寄駅の新子安駅から徒歩17分と、アクセスには多少の不便があるが、ものや人を運ぶエンジンに魅力を感じる人はぜひとも日産のエンジンの歴史にも触れてもらいたいものだ。

この博物館の詳細は以下のリンクで確認の事

日産エンジンミュージアム|ようこそ、日産の工場へ

日産 | 日産エンジンミュージアム

日産エンジン博物館 – Wikipedia

横浜市三ツ沢公園球技場


神奈川県横浜市神奈川区の横浜市三ツ沢公園内にある球場で、横浜市の中心街を見下ろす丘陵地に整備されている。

別名の「ニッパツ三ツ沢球技場」は横浜市に本社を持つ日本発条株式会社がネーミングライツを取得し、呼称したものである。

横浜FCのホームスタジアム、横浜Fマリノスの準ホームスタジアム、ジャパンラグビートップリーグや全国高校サッカー選手権大会、その他神奈川県内のラグビーやサッカーその他スポーツの会場として使用されている。

1955年、神奈川国体に向けてサッカー専用のスタジアムとして建設された本スタジアムは1964年の東京オリンピックのサッカー競技会場として使用、その後もラグビーやサッカーの試合で使用された。

1991年にJリーグが発足し、横浜マリノス・横浜フリューゲルスのホームスタジアムとして提供され、現在では前述の通り、横浜FCのホーム、横浜Fマリノスの準ホームという立ち位置になっている。

収容人数は15454人、メインスタンドの床面積5,049.11㎡、夜間試合用照明機器も4つ搭載されている。

試合当日は大変混雑するため、訪れる際には公共交通機関の使用をお願いしている。

詳しくはこちらのリンクを参照の事

横浜市三ツ沢公園球技場 – Wikipedia

ニッパツ三ツ沢球技場

ヴェルニー公園


神奈川県横須賀市汐入町にある私立の都市公園で年中無休で運営している。

日本の近代施設の指導、近代化の支援を行ったフランス人技術者・レオンス・ヴェルニーの名前をとってヴェルニー公園と呼ばれている。

もともとは1946年に開園した新開公園であったが、2001年にフランス様式を取り入れた公園に作り替えリニューアルオープンされた。

フランス式庭園らしいボードウォークやベンチ、ガス灯を模した電灯などがあり、よい雰囲気を持っている。

この公園は横須賀港に面し、アメリカ海軍の施設と海上自衛隊の基地に停泊する艦船を間近に見る事が出来るスポットでもある。

敷地内にはヴェルニー記念館があり、フランス・ブルターニュ地方の住宅を模した臭宅が建築されヴェルニー氏の功績をたたえるとともに、その功績を紹介している。

敷地内にはバラや桜を見るスポットがあり、花の香りに包まれた優雅な空間になっている。

それ以外の見どころとしてヴェルニーと小栗上野介忠順の胸像や逸見波止場衛門跡などがある。

特に小栗上野介忠順という人物は、勘定奉行を務めた人物。

横須賀製鉄所を建設し、その首長としてレオンス・ヴェルニーを任命、武器弾薬の国産化を進めた人物でもある。

ここで上げた以外にも功績を多数残し、近代の日本を支えた人物といっても過言ではないだろう。

歴史が好きな人はここでそんな歴史の一端に触れてみてもよいだろう。

ヴェルニー公園に関する詳細は以下のリンクで確認の事

ヴェルニー公園について

ヴェルニー公園 – Wikipedia

四季の森公園


横浜市緑区と旭区にまたがる県立の都市公園で、自然をそのままに残し水遊びや体験学習などが有意義にできる施設になっている。もともと居住施設として神奈川県が取得した土地であったが、自然本来の姿が残されているため、用途が変更され1983年に公園として設備が進められた。1988年に開園した総面積45.3haのこの公園では先に言った通り体験教室の他、時期によっては蛍の姿を見る事が出来る。

そのように自然がそのままに残されているので、大雨が降った際に土砂崩れが起きるなどの問題が起こってしまうことがある。(※1

公園内には以下の施設が存在する。

・じゃぶじゃぶ池
落差5mの滝で、推薦は30㎝程。

・野外ステージ
140m2のステージ、530人が座る事が出来る。様々な発表の場に使用される。

・展望広場
公園南側、展望スペースで東京スカイツリーが見えるほか、春には桜が良く見える。売店が立ち並ぶ。

・遊具広場
子供の遊具施設

・しょうぶ園
4500株のハナショウブが育つ。
梅雨の時期には美しく咲き、多くの観光客が訪れる。

都会の中に豊かな自然を感じるには一番の場所だろう。

この公園の詳細は

四季の森公園 – Wikipedia

県立 四季の森公園

(※12013年4月6日夜から7日朝にかけて大雨が降り、二次災害防止の措置として一部通行止めをした

よこはまコスモワールド


以前にコスモクロック21を紹介したと思うが、よこはまコスモワールドの紹介がまだであった様なのでここに紹介しようと思う。

みなとみらい地区の新港に圧遊園地で、泉陽興業株式会社が運営している。

入園料は無料でアトラクションごとにチケットを購入する。

1989年に横浜博覧会の開催時から運営されており、博覧会が終了したのちもコスモクロック21の運営が決定したことがらこちらも運営の継続が決まった。

1999年3月18日にリニューアルオープンした。

3つのゾーンに分かれており、どこも「水」を意識させる作りになっている。

ワンダーアミューズ・ゾーンは水と緑のあふれた『未来の理想的な遊空間』がコンセプト

ブラーノストリート・ゾーンはイタリア・ブラーノ島にある水辺の町並みをイメージ

キッズカーニバルゾーンは運河に挟まれた子供向け遊具のゾーン。『おとぎの島』のイメージ

大人でも楽しむ事ができる作りになっている。

この土地の賃貸契約が2009年3月までとなっており、その跡地に日本丸メモリアルパークの再整備事業の計画が持ち上がっているが、契約が延長し現在でも運営は継続している。

詳細に関しては以下のリンクを参照のこと

よこはまコスモワールド – Wikipedia

よこはまコスモワールド

未来の理想的な遊空間

横浜ワールドポーターズ


1999年9月10品い開業した、みなとみらい新港地区にある商業施設。

略称に「ワーポ」「ポーターズ」などがある。

横浜市の輸入促進、地域活性のために設立した施設のため、輸入商品を販売するテナントが多く入っている。

1階にはフードショップ、2階はファッションエリア、3階はファッション&ホビー雑貨、4階はインテリアや生活雑貨、5階はシネマ、6階はリラクゼーション&インテリア、イベントなどのスペース、屋上はルーフガーデンになっている。

誕生日には施設内で多くの特典やノベルティなどを受け取ることが出来る。

海外の食事や日本にある他の雑貨店では購入できないようなインテリアまでいろんなものが揃っているので、観光というよりショッピングで訪れる人が多い。

また近くには以前に紹介したカップヌードル博物館や赤レンガ倉庫、よこはまコスモワールドや横浜みなとみらい万葉倶楽部があり、そちらの帰りに足を向ける観光客も多いように見える。

詳細に関しては以下のリンクを参照のこと

横浜ワールドポーターズ – Wikipedia

YOKOHAMA”WORLD PORTERS”|横浜ワールドポーターズ

 

横浜市の輸入促進、地域活性のために設立した施設

伊勢山皇大神宮


横浜市西区にある神社の名称。天照大御神を祭神している。

横浜の総鎮守で、「関東のお伊勢さん」の別名でも知られる。

1870年、横浜開港により外来文化に接する機会が多くなる横浜の精神的な支えとして横浜市西区の海岸にあったこの社を現在の地に移したもの。

同年、当時の横浜県知事が太政官と神祇官に建白書を提出し、伊勢神宮の遥拝所として許可された。

作りは神明檜造(しんめいひのきづくり)で、角のような形をした千木(ちぎ)と鰹木(かつおぎ)が特徴的。

現在祀られているのは関東大震災の折に倒壊したものを昭和3年に復旧したもので、子之大神は第二次世界大戦の折に炎上している。

表参道の二ノ鳥居は、昭和45年に御鎮座100年を記念して寄贈されたもので、一ノ鳥居は昭和55年に御鎮座百拾年を記念して建て替えられた。

以下は祀っている神々です

杵築宮
…豊受姫大神、月讀命、須佐男命、大国主命、住吉三神

子之大神(現在は杵築宮に合祀されている)
…大国主命、姥姫

大神神社磐座
…大物主大神

水神宮
…水神

伊勢山皇大神宮の例祭は5月15日から本宮を挟んで宵宮、後宮の3日間。

その他に大神神社磐座例祭が4月9日、杵築宮・子之大神例祭は8月20日に執り行われる。

詳細は以下のリンクを確認の事

伊勢山皇大神宮

 

伊勢山皇大神宮 – Wikipedia

 

馬車道


勘違いされがちだが、『馬車道』という名前の町はない。

馬車道とは神奈川県横浜市中区にある地域名及び道路名のこと。

関内の桜木町方面に位置し、馬車道駅も存在する。

幕末の横浜開港の折、吉田橋に関門を設け、その際に出来た開港場側から至る道の事を馬車道と呼んだ事が始まり。

煉瓦やガス灯、洋風建築など、その当時の面影をそのまま残している事から観光客も多く訪れる観光名所の一つ。

日米通商修好条約が結ばれ、横浜港が開港されたために外国人が居住する地域が作られた。外国人はこの道を馬車で行き交い、日本人はその姿に珍しさを覚えたため、彼らを「異人馬車」と呼んでいた。これがこの馬車道の由来だと言われている。

この馬車道ではアイスクリームが初めて日本で発売されて場所であるほか、事業としてのガス灯、街路樹、日刊新聞など日本で初めてのものが多く出たのもこの地域の特徴である。

散策するだけでも十分に楽しむ事が出来るほか、みなとみらい地区にも近いので、近くに立ち寄った際にはここで食事をするのも良いだろう。

馬車道に関する詳細は以下を参照

馬車道 (横浜市) – Wikipedia

馬車道商店街

馬車道十番館